ドーナツホール

音楽と生活 心の休憩所

好きなもの

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昔から自分の好きなものとか

やりたいことが

よく分からなかった。

 

というよりもあまり

自分の好きなものに関して

意識したことがなくて

他人の好きなものが

なんとなく好きで

他人のやりたいことが

なんとなく自分のやりたいことだった

 

学生時代、たまに「それよく食べてるけど好きなの?」とか「それよく持ってるね。好きなんだね。」とか言われても、自分の中では「???」が渦巻いていて、「あー言われてみると好き?かも?」とよく分からない返事をしていた。

 

自分と他人との境界線が

薄かったのかもしれない

 他人に合わせることが全てだとも

無意識のうちに思っていた

 

小さい頃から

人とのコミュニケーションが苦手で

家族以外とはダンマリだった

(今になると場面緘黙だったのかもとも思う)

 

そして兄弟と同じ漫画を読んでは

意味もわからず愛想笑いしてたらしい

(写真が残っていたがガハハ笑い)

 

人が好きなもの=自分が好きなもの

人がやること=自分がやること

人が目指すもの=自分が目指すもの

 

こういう認識で動いていたから、

もう高校3年の進路を決めるあたりでは

完全に自分を見失っていた

 

当たり前だけど、

全員違う方向に進んで行くから

私は十字路で(十字路どころじゃない)

右往左往を繰り返し、

家でも両親とぶつかっていた

 

その時期は部活やクラスでも

人間関係の崩壊(いじめとかいじめとかいじめとか)が起きており、

心労が重なりすぎて

私はもう自分の心では

決断できない状態になっていた

 

そこから携帯の占いにのめり込み

お金を払ってまで

将来について電話占い

してもらっていた

(追加料金がかかるのでお金は

どんどんなくなる)

 

気がついた親が止めてくれたので

良かったものの

その後服装とかが

かなりヤバかったとか

 

 

その時期は、兄弟も社会人になり

巣立って行き、

私だけが家に残る形となった。

 

 

他人はもはや他人ではなく

自分自身であった私の心は

瞬く間に崩壊していった

(他人がアイデンティティだったんだろう)

 

だから小さい頃から

「私は絶対〇〇になる!」

という揺るがない意志のある人が

本当に羨ましい

 

今からでもそういうものを持てるように今は自分の好きなものがなんなのか

今やってることは

自分が本当にやりたいことなのか

模索しながら進んで行く毎日だ

 

他人に合わせなくてもいいと

気がついた今は

これからは自分のことにだけ

集中すればいいと

頭で理解できただけでも

かなり気持ちが楽になった

 

流行とかに流されず

自分が本当にやりたいこと

人目を気にせず

どんどん行動にうつすこと

これはとても大事

 

今日のBGM

 

meg lockさんのincl.

 

頭で分かることが

心ではできてない

みんなと同じ速度じゃないから

 

幸せの見本とか既存の意味に

惑わされてるうちは

きっとすれ違う